3月9日の日記

2012年3月9日
最近なんかあった? と聞いてきたので、なんもないな、とオレは答えた。しかし、なんもないことはないやろ、なんかないんか?とまた聞いてきたので、ないない、ほんまになんもない、とブッキラボーに答えてやったのだが、それでもまだ納得がいかないのか不服そうな顔をこちらに向け、いや、なんかあるはずや、たとえば、どっか行ったとか、なんか買ったとか?と、しつこく食い下がってきた。オレは思わず、天井を見上げる。
「ああ、そういえば・・・」オレは言った、目は上に向いたままだった。「鹿児島に行ったよ。ばあさんが亡くなったんで、その葬式に出るために行ってん」
「へえ、どうやった?」
「滞在時間4時間くらいかな。斎場に着くやばあさんの亡骸の前で、親と大ゲンカをしてしまった。
で、線香だけあげて、あえなくトンボ帰り。こりゃもう勘当やな」
「なんでまたケンカなんかしたん? オマエらしいけど」
「それがオレにもよく分からんねん。
なんかどうでもええことを話をしているうちに、気がつけば一方的に親が怒り出してた。
で、なんでそんなに怒ってるの? なんか傷つけるようなことをオレが言ってしまったんやったら謝るけど、
とにかく、こんなときにケンカするのはやめよう、ばあさんに申し訳ないやん、ってな感じのことを言ったら
またそれが火に油を注ぐ結果になって余計に怒り出した。
それで、もう収集がつかなくなったんで、オレがその場から消えることにしたんや。
まあ、振り返ればなかなかシュールな体験やな」
「シュールなんか?」
「シュールというより不条理かな。朝目が覚めたら、虫になっていたような感じや」
「虫?」
「いや、まあ、それはええわ。でも、これで親族からも見放されたから、
オレは名実ともに根無し草かつ天涯孤独の身になったわけやな」
「オレがいるやないか!」
「・・・・・・」
「他になんかないんか?」
「他? う~ん、ああ、そうそう、最近歯医者に行ってるねんけど、
そこの歯科衛生士のおねえさんに恋をしたのだ」
「また、ええ歳して、なに言うてんねん、オマエ」
「うん、確かにそう言われても仕方ないな。でもほんまに恋をしてね、その結果奇跡が起こった」
「奇跡?まさかそのおねえさんと付き合ってるとか・・・・・・?」
「うん、せやねん」
「……!?」
「いや、嘘や。まともに顔見ることすらできへんのに、そんなわけない」
「じゃあ、奇跡ってなんやねん?」
「なんと、驚くなかれ――」
「驚きはせんやろ、今さら。ええから早よ言え」
「なんと歯が新たに1本生えたんや」
「はあ?」
「急に生えてきてね。オレは普通の人より1本多く歯が生えているんや」
「ウソやろ、そんなことありえへんやろ」
「それがほんまなんや、ほら見て」と、オレは口を大きく開けた。
歯医者に通いだしてしばらく経ったくらいから、右の親知らずの奥の歯茎に違和感を覚えだした。
痛いわけではない。「ムズムズ」という表現が一番近いだろうか。
指で確認してみると、歯肉の下、歯茎の内側に固い突起があるのがわかった。
なかに歯が隠れているに違いない。
こういうときには、気にせず放置しておくことが推奨されるのは知っている。が、
気になりだしたらとことん気になるというもので、仕事中であれ、食事中であれ、
四六時中口のなかに指を入れては、問題の箇所を触ってしまうこととなった。
そして、そんなことをして3日が過ぎたくらいだったろう、表面を覆っていた歯肉は破れ、真っ白い歯の先端が顔を出した。
歯とは本来、こんなに白いものなのかと驚いてしまうほどそいつは白い。
「最初は親知らずの肉を被っていたところが露出しただけかと思ってたんやけど、
歯医者でレントンゲン撮って確認した結果、新しい歯ってことなんや」
「ああ、確かに変なところに真っ白なのがあるな。パッと見はちょっと大きめの口内炎やな」
「そう、歯科衛生士のおねえさんも最初はそう誤解してたんで、そうじゃない、これは歯やって説明したら驚いてたな。こんなの見るの初めてやって」
「で、なんやねん? オマエは人間か?」
「うん。ネットで調べてみたら、たまに歯が多い人っているみたいなんや。過剰歯っていうらしい。オマエ、アンドレ・ザ・ジャイアントって知ってるか?」
「あほかオマエ、オレを誰やと思ってねん。 昭和プロレスの権威たるオレにそんなこと言うか」
「アンドレも歯が多かったそうなんや」
「そりゃ、アンドレは人間やないから、歯の1本や2本は多かろうよ。
身長にしたって、公式には2メートル23センチってことになってたけど、
実際は、2メートル50ある天井に頭がつかえてたっていうし、
死ぬまで背ぇ伸び続けてたって証言もある。アンドレが人間じゃなかったって証拠は、これ以外にもなんぼでもあるよ」
「へえ、そりゃすごいな! じゃあ、オレも人間やないのかな」
「多分そうや。だから、親や親族からも見捨てられんたんやろ」
「オレは、これは恋した結果かな、と思ってるんやけど」
「なんでやねん!」
「・・・・・・」
「で、それ以外に最近なんかないの?」
「ああ?」
「他なんかないのんかって聞いてねん」
「ていうか、オマエほんまにオレが最近なにしたかってことに興味あるんか?」
「ないよ、そんなもん、まったく。
でも、だからといって黙って向かい合っていて、気まずくならん間柄でもないやろ」
「そりゃそやな。じゃあ、そいうわけで、そろそろ帰ろか」
「おお、そうしよ」
オレは席から立ち上がり、コートを羽織った。

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