8月14日の日記

2011年8月14日
仕事中にふと、
自分の顔を鏡や写真などを介在さず
自分の眼で直接見ることができないという事実が不思議になり、
何とかならないものかと、いろいろ案をめぐらせ、
眼をウロウロさせてみたが、
やはりどうやってもうまくいかない。
眼球は自分の顔を直接見るためには出来ていないようで、
眼球を動かすだけで見えるのは、個人差はあるのかもしれないが、
オレの場合は、せいぜい頬と鼻筋の一部くらいなものである。
いや、それとて見えるというには心もとなく、
「視野の端っこに入っている」といったほうが正確のような気がする。
唇をタコチュー状態にして突き出し、眼球を下に向けると、
わりとはっきり口元が見えることに気がついた。が、
それをやっているときの自分の顔を見ることはやはりできないが、
想像してみると、実におぞましく、
仕事場で長時間できる顔ではない。
そもそも本来の目的は、自分の顔全体を見ることであって、
顔の一つ一つのパーツを見ることではないのだから、
口をタコチュー状態にして、見えた! と喜んだところで
何の解決にもならないのであった。
まあ、そんなわけで、
この人間の限界に挑むに等しい無謀な挑戦を諦め、
仕事を再開しようと思い、前を見つめたのだが、
そのとき、今まで頭のなかで抑制をしていたであろう言葉が
不意に脳裏をかすめ、
オレはそこに一縷の希望を感じてしまった。
幽体離脱。
そうだ、幽体離脱して自分の顔を見ればいいではないか。
そう気づいたオレは早速、幽体離脱する方法をネットで検索し始めた。
「幽体離脱入門」なるバッチリなサイトを発見!
しかし、、、である。
それに目をとおしているうちに、
これはこれで、自分の顔を見るのは不可能であるということに気づかされた。
幽体離脱すると、幽体離脱された自分の顔は確かに見れるのかもしれない。
しかし、幽体離脱した当の本人の顔は自分の顔を見ることができない。
当の本人の顔を見ようと幽体離脱した自分は、今度は幽体離脱されて自分の顔を見ようとする。こんな感じでは、幽体離脱を無限に繰り返すことになり、
やはり自分の顔を見ることは到底出来そうにないではないか。

やはり無理だ。諦めた。
とうとう仕事を再開した。


テクノロジーが発展し、他人の眼から見た光景が
自分の脳のなかで、実際に自分が眼で見ているのとまったく同じ感じで像を結ぶような技術ができたら、
オレの目的は達成されるのかもしれない。
眼をつぶっていても、夢でははっきりといろいろなものを見ることができるのだから、
満更こういった技術も不可能ではないような気がする。
しかし、そんな技術ができたところで、
オレは自分で試してみようなんて気を起こすことはないだろう。
今以上のテクノロジーの発展をオレは望んでいないし、
だいたい、オレは自分の顔がそんなに好きではないのだから、
そこまでして見ようとはしないだろう。

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