5月18日の日記
2011年5月18日5月14日午後2時半。
場所、大阪市内の精神病院。
待合室には先客が5、6組おり、
オレは好奇心からその一人ひとりの顔を
マジマジと覗き込んでしまいそうになる自分を抑えるために
マガジンラックにあった数週間前の「週刊文春」を手に取った。
震災関連の記事を読むには気持ちが散漫だったので、
芸能ゴシップの記事でもないかとページをパラパラめくっていると
町山智浩さんのコラムに目がとまった。
チャーリー・シーンがこれまでにやった数々の奇行、
ぶっ飛んだ発言など、その破天荒にして破廉恥な半生を目の当たりにし、
ロックギタリストのスラッシュが、
「ヤツこそ本物のロックンローラーだ!」
と、半ば呆れながら絶賛したという話がそこには書かれていた。
チャーリー・シーンといえば、「プラトーン」だ。
この映画には思い入れがある。
いや、思い入れといえばかなり語弊があるのかもしれない。
なんせ、ストーリーをまったく思い出せないのだから。
ベトナム戦争の話だったような気がするが、それも定かではない。
リアルタイムに映画館で見たことを思うと、
当時いくらオレがマセガキだったとはいえ、
やはり内容が難しすぎて理解できなかったのだろうと思う。
とにかく、この映画自体について思い出せることは
チャーリー・シーンが出ていたということと
両手を広げて天を仰ぐシーンがあったこと以外何もない。
オレがよく思い出せる、というか
忘れたくても忘れられないのは、「プラトーン」自体ではなく、
それを見るまで、そして見た後のことだ。
当時、オレは近所にあった公文の教室に通わされていたのだが、
実は行っているフリをして、サボってはよく友だちと梅田や天満に出て遊んでいた。
で、あるとき公文に行くといって家を出るときに、母から月謝袋がわたされた。
そのとき、オレの脳裏にある考えがひらめいた。
この金で遊んでやろう。
さて、こういうとき常にオレの傍らにいたのは悪友T。
Tとオレは金の使い道も考えないで、
一先ず自転車で梅田に出た。
使い込んだ証拠を残すのはまずい。だから、おもちゃの類を買うわけにはいかない。
そういうわけで、コンビニで少々腹ごしらえをし、
その後、映画でも見ようかということになった。
ピカデリー梅田の前に自転車を停めた。
そこにあった看板で一番大きかったのが「プラトーン」だった。
両手を広げて天を仰いでいるヤツ。
オレはそのチケットを2枚買った。
それで月謝袋のなかはほとんど空になった。
このような計画性のない横領は当然ばれてしまうものだ。
また、一つの犯罪の発覚は、芋づる式にそれ以外の付随する
犯罪をも露顕させていくものであり、
公文にろくに行っていなかったことも同時にこのときばれたのだった。
「プラトーン」を見た次の週には公文をやめさせられた。
これはオレにとってはむしろ喜ばしいことではあったが、
同時に小遣いも止められたのはあまりに痛かった。
また、悪友Tとはこの1年ほど前にもボヤ騒ぎを起こしており、
それ以来、互いの親が「あの子とだけは絶対に付き合ってはいけない」
と自分の子どもに言い聞かせていたので、
今回の事の真相が明るみに出ていくにつれ、
醜い大人同士の争いにも発展していった。
もっとも醜いといえば、
1年前のボヤ騒ぎのとき、Tの完全なトバッチリにより
なにもしていないのに共犯者に仕立て上げられてしまったことを
秘かにネにもっていたオレは、
「Tに脅されてやった、オレはやりたくなかった」
と親にウソの申告していた。
これはこれで、子供ながら十分醜い。
あれから何年経っただろう。
子どもであったオレはただの汚いオッサンになり、
長らく消息を絶っていた悪友Tは、
5年程前に突如新聞紙上を騒がせる事件を起こし、
相変わらずの悪人ぶりを世に広くアピールした。
おそらくまだオツトメ中だろう。
そして――
端整なルックスでアイドル的な人気のあったチャーリー・シーンは、
愛欲蠢くショービジネスの荒波にもまれ、
すっかりイカれたロックンローラーになってしまったようだ。
生きるというのはなかなか大変なものですね。
そりゃ、精神病院も儲かるわ。
みなさん、がんばってください。
そうこうしているうちに、診察室からお呼びがかかった。
5月14日午後3時過ぎのことである。(つづく)
場所、大阪市内の精神病院。
待合室には先客が5、6組おり、
オレは好奇心からその一人ひとりの顔を
マジマジと覗き込んでしまいそうになる自分を抑えるために
マガジンラックにあった数週間前の「週刊文春」を手に取った。
震災関連の記事を読むには気持ちが散漫だったので、
芸能ゴシップの記事でもないかとページをパラパラめくっていると
町山智浩さんのコラムに目がとまった。
チャーリー・シーンがこれまでにやった数々の奇行、
ぶっ飛んだ発言など、その破天荒にして破廉恥な半生を目の当たりにし、
ロックギタリストのスラッシュが、
「ヤツこそ本物のロックンローラーだ!」
と、半ば呆れながら絶賛したという話がそこには書かれていた。
チャーリー・シーンといえば、「プラトーン」だ。
この映画には思い入れがある。
いや、思い入れといえばかなり語弊があるのかもしれない。
なんせ、ストーリーをまったく思い出せないのだから。
ベトナム戦争の話だったような気がするが、それも定かではない。
リアルタイムに映画館で見たことを思うと、
当時いくらオレがマセガキだったとはいえ、
やはり内容が難しすぎて理解できなかったのだろうと思う。
とにかく、この映画自体について思い出せることは
チャーリー・シーンが出ていたということと
両手を広げて天を仰ぐシーンがあったこと以外何もない。
オレがよく思い出せる、というか
忘れたくても忘れられないのは、「プラトーン」自体ではなく、
それを見るまで、そして見た後のことだ。
当時、オレは近所にあった公文の教室に通わされていたのだが、
実は行っているフリをして、サボってはよく友だちと梅田や天満に出て遊んでいた。
で、あるとき公文に行くといって家を出るときに、母から月謝袋がわたされた。
そのとき、オレの脳裏にある考えがひらめいた。
この金で遊んでやろう。
さて、こういうとき常にオレの傍らにいたのは悪友T。
Tとオレは金の使い道も考えないで、
一先ず自転車で梅田に出た。
使い込んだ証拠を残すのはまずい。だから、おもちゃの類を買うわけにはいかない。
そういうわけで、コンビニで少々腹ごしらえをし、
その後、映画でも見ようかということになった。
ピカデリー梅田の前に自転車を停めた。
そこにあった看板で一番大きかったのが「プラトーン」だった。
両手を広げて天を仰いでいるヤツ。
オレはそのチケットを2枚買った。
それで月謝袋のなかはほとんど空になった。
このような計画性のない横領は当然ばれてしまうものだ。
また、一つの犯罪の発覚は、芋づる式にそれ以外の付随する
犯罪をも露顕させていくものであり、
公文にろくに行っていなかったことも同時にこのときばれたのだった。
「プラトーン」を見た次の週には公文をやめさせられた。
これはオレにとってはむしろ喜ばしいことではあったが、
同時に小遣いも止められたのはあまりに痛かった。
また、悪友Tとはこの1年ほど前にもボヤ騒ぎを起こしており、
それ以来、互いの親が「あの子とだけは絶対に付き合ってはいけない」
と自分の子どもに言い聞かせていたので、
今回の事の真相が明るみに出ていくにつれ、
醜い大人同士の争いにも発展していった。
もっとも醜いといえば、
1年前のボヤ騒ぎのとき、Tの完全なトバッチリにより
なにもしていないのに共犯者に仕立て上げられてしまったことを
秘かにネにもっていたオレは、
「Tに脅されてやった、オレはやりたくなかった」
と親にウソの申告していた。
これはこれで、子供ながら十分醜い。
あれから何年経っただろう。
子どもであったオレはただの汚いオッサンになり、
長らく消息を絶っていた悪友Tは、
5年程前に突如新聞紙上を騒がせる事件を起こし、
相変わらずの悪人ぶりを世に広くアピールした。
おそらくまだオツトメ中だろう。
そして――
端整なルックスでアイドル的な人気のあったチャーリー・シーンは、
愛欲蠢くショービジネスの荒波にもまれ、
すっかりイカれたロックンローラーになってしまったようだ。
生きるというのはなかなか大変なものですね。
そりゃ、精神病院も儲かるわ。
みなさん、がんばってください。
そうこうしているうちに、診察室からお呼びがかかった。
5月14日午後3時過ぎのことである。(つづく)
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